いもの塩煮

子どものころ、日曜日の昼食は「いもの塩煮」だった。
大鍋のふたを開けると、もありと上がる湯気。
うまそうに粉を吹いたジャガイモを箸でつかみとる。
崩してしまったら負けだ(と自分の心のなかで決めている)。
小皿にとって、バター、マヨネーズ、もしくは塩辛を乗せる。
はふはふと食べると、ジャガイモは口の中でほつれていく。
たまに、口の上(口内の裏上?)をやけどする。
おいしくておいしくて、
次々とジャガイモを飲み込むように食べていく。
かならず喉が詰まって、
そいつを冷たい牛乳で流し込むのが快感だった。

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◆できたて。


妻と並んで、鍋に箸を直接つっこみながら「いもの塩煮」を食べつつ、
そんな昔話をしたていたら、「私も土曜日か日曜日の昼食は塩煮だったよ」。
なんでかなぁ。調理がかんたんだからかなぁ。皮を向いて煮るだけだし。
父と兄弟ふたりで、スタートレックの再放送を見ながら、がつがつと食べたっけ。

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◆塩辛をのせる。熱々のご飯と同じく、なんともベストなマッチング。

思い出しついでに、
前に父親(昭和21年生まれ)から聞いたジャガイモ話も書いておく。
小学生(松前町館浜小学校)のころ、まだ給食はなくて、
昼ご飯は走って家に帰って、「いもの塩煮」を食べていたそうだ。
これは、朝出かける前に、自分で皮をむいておいたもの。

実家に電話をして聞いてみた。

秋に収穫されたジャガイモ(男爵いも)は、地中に埋めて保存しておく。
そうすると、やっかいな芽が出てこないし、冬でも凍らせずに保存しておける。
そうやって、子どものころの父は、ほぼ1年中いもばかり食べていたらしい。
朝昼晩と米飯を食べるのは「おやじだけだったな」。
父の実家は漁師の家だ。稼ぎ柱が、いちばん良いものを食べる。
子だくさんの家(12人きょうだい)には、
ごろごろと収穫できるジャガイモは、ひじょうに助かる食材だったはず。
なにか乗せて食べたかと聞くと、「塩味があるし」とのこと。
塩辛は? 「そいつは、なかなか食わせてもらえなかったな」。

「日曜日の昼、いっつも塩煮を食べてた記憶があるんだけど。なんで?」
「なんでって、おまえ、それは俺が好きだからだ。」

僕も大好きだ。

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プロフィール

高山潤
函館市および道南圏(渡島・檜山)を拠点に活動するフリーランスのライター、編集者、版元、TVディレクター、奥尻島旅人。元C型肝炎患者(抗ウィルス治療でウィルス再燃、インターフェロン・リバビリン併用療法でウィルス消滅で寛解)、2型糖尿病患者(慢性高血糖症・DM・2009年6月より療養中)。酒豪。函館市(亀田地区)出身、第一次オイルショックの年に生まれる。父母はいわゆる団塊世代。取材活動のテーマは、民衆史(色川史学)を軸にした人・街・暮らしのルポルタージュ、地域の文化や歴史の再発見、身近な話題や出来事への驚きと感動。詳しくはWEBサイト「ものかき工房」にて。NCV「函館酒場寄港」案内人、NCV「函館図鑑」調査員(企画・構成・取材・出演・ナレーション)。


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