函館開港150周年記念事業

2009年の函館開港150周年に向けて、
市民参加(ボランティア)による記念事業づくりが始まっている。
僕は船員の家庭に育ったので、
函館港にはずいぶんとお世話になっていることになる。
そんなわけで、市民スタッフとして参加することにした。

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◆事業の概要については、暫定サイトが公開されています。こちらで。


ということで、改めて「開港」についてお勉強してみる。

函館(当時は箱館)の開港は2回ある。
すなわち、日米和親条約を始めとする諸外国との条約締結による狭義開港と、
修好通商条約(米国・オランダ・ロシア・英国・仏国)による広義開港である。

安政元年(1854年)に締結された和親条約では、下田と箱館(実際の開港は翌年)に外国船が寄港することが認められている。黒船に乗ったペリーが箱館に来航したのはこのときのこと。

さらに、安政五年(1858年)の修好通商条約で、箱館に加えて新潟・横浜・神戸・長崎(開港五都市、下田は閉鎖)が、貿易港として本格的に開港されることになった。
箱館は安政六年(1859年)六月二日に開港され、さっそく米国の商船が入港している。

ここから数えて150周年というわけ。
この記念事業の正式なアナウンスは、来月あたまに予定されている。
今年の秋にプレイベントをおこない、翌年の本事業につなげる流れとなっている。

すでに何度かスタッフ会議に参加しているが、
事務局(函館市港湾空港部)の人たちは、ずいぶんと一所懸命で好印象だ。
市民の思いや願いを、ひとつでも多く「事業」に取り込もうと奮闘している。
市民スタッフは現在も募集中なので、興味のある方はぜひご参加を。

どこで、どのように使われて、どれくらい効果的なのかわからない、
けっこう大きめな市の観光予算と違って、
この開港記念事業はすいぶんと低予算だが、「志」はひじょうに高いようだ。
なーんてね。

道新さんも実行委員会に加わってますからね。
ぜひ、一緒に汗を流しましょう。


【おまけ】
ペリーによる開港交渉の様子は肉声が残っている。もちろん、ジョークだが。
DVD『今度も店じまい』(宮崎吐夢著)に、
「ペリーのお願い」というタイトルで収録されているものだ。
以前から、この音源はネットで流布していたが、上記のDVDで正規版を入手できる。
もちろん僕は購入済み。大爆笑。気になる方は「ペリー 宮崎吐夢」で検索を。

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コメント(1)

この記事を書いたあとに、道新さんのトップページを見たら、「青函連絡船あすで就航100年」という記事を見つけた。連絡船は1988年(昭和63年)3月に運航が終了している。20年も前のことなのかぁ。中学二年かよ。

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プロフィール

高山潤
函館市および道南圏(渡島・檜山)を拠点に活動するフリーランスのライター、編集者、版元、TVディレクター、奥尻島旅人。元C型肝炎患者(抗ウィルス治療でウィルス再燃、インターフェロン・リバビリン併用療法でウィルス消滅で寛解)、2型糖尿病患者(慢性高血糖症・DM・2009年6月より療養中)。酒豪。函館市(亀田地区)出身、第一次オイルショックの年に生まれる。父母はいわゆる団塊世代。取材活動のテーマは、民衆史(色川史学)を軸にした人・街・暮らしのルポルタージュ、地域の文化や歴史の再発見、身近な話題や出来事への驚きと感動。詳しくはWEBサイト「ものかき工房」にて。NCV「函館酒場寄港」案内人、NCV「函館図鑑」調査員(企画・構成・取材・出演・ナレーション)。


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