奥尻は出会い島である。

今月1日の奥尻行きは、わりとはっきりとした取材目的がありまして。
めずらしく、ちゃんと仕事をしてきました。まぁ、きっちり酒も飲んではきましたが。

すでに、このブログでも紹介した「奥尻しまびらき」に参加。
宮津小学校を訪れて「奥尻にあるブーニン寄贈のピアノ」を取材。
もうひとつは「島の田んぼ」。これは先方の事情で取材できず。
島の春、島の桜、島の温泉、島の水(なんと海外にも輸出することに)などなど。
押さえておきたいことは、いくつもありました。

さらに、予定外の出会いも。これが旅取材の魅力なんですが。
たぶん奥尻島ですれちがっていなかったら、声をかけることもなかったはず。
なんとなく、島にはそういう雰囲気があるんですよ。
「あなたも島好きなんですね」的な連帯感のようなものが。

そんなわけで、奥尻島で函館出身のプロラグビー選手・笠原雄太くんと知り合いました。

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◆島北西部にある「復興の森」あたりで遭遇。
 最初は、彼の乗っていたロードバイクに興味があって、車を引き返して声をかけた。


◆笠原くんからもらった選手カード。「ヤマハ発動機ジュビロ」所属。プロ(社会人)2年目。

彼がどんな人物かは、
函館市民による情報発信サイト「ハコダテ150」に記事を書いたので。

  函館の人150人 笠原雄太(ラグビー選手)

ぜひ読んでみてください。そして、どうか応援してあげてください。函館の人はとくに。
函館・道南出身のプロラグビー選手は、いま彼ひとりだけだそうです。


さて、その夜は、勝手に「奥尻しまびらき」の打ち上げに誘って一緒に飲酒。
「島に来て良かったっす。」
そうだろ、そうだろ。また来いよ。ぐっと飲め。

今回は連休を使って函館の実家に帰り、
自転車で奥尻島を1周しようと思い立って来島したとのこと。


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◆島人(奥尻町役場・満島章さん)、さっそく腕相撲を挑む。あっさりと笠原くんの勝利。


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◆脱ぎ出す笠原くん。ほんとうは脱がされたんだけど。


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◆この後、彼は見事に沈没。翌日、帰りのフェリーでも、げーげーやってました。
 ということで、ゲロくんという奥尻ネームが。みもふたもなし。

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コメント(2)

一生懸命頑張っている、ひたむきさに心打たれました。応援しています。

ラグビー好きさん、コメントありがとうございます。
この記事では「一生懸命」とか「ひたむきさ」とかは出ていないので、市民情報サイト「ハコダテ150」の記事を読んでいただいたようで。感謝です。
先日、笠原くんからメールが届いていました。「可能性を育てたい」。彼の思いが、ここ函館・道南で、そして今は彼自身にとっても、かなうことになればと願っています。



プロフィール

高山潤
函館市および道南圏(渡島・檜山)を拠点に活動するフリーランスのライター、編集者、街のアジテーター(扇動家)、奥尻島旅人。C型肝炎患者(難治性・HCV・2011年3月から抗ウィルス治療を開始)、2型糖尿病患者(慢性高血糖症・DM・2009年6月より療養中)。酒豪。函館市出身(第一次オイルショックの年に生まれる)。父母はいわゆる団塊世代。妻は奥尻島で小学校の教員(臨時)をしているので別居中(長万部町静狩小→旧砂原町砂原小→小樽市北手宮小→奥尻町奥尻小)。体重増減中(最大117kg→最小86kg、現在リバウンド中。主治医による目標体重は70kg。そんなに痩せられるかよっ!)。取材・執筆のテーマは、民衆史(色川史学)を軸にした人・街・暮らしのルポルタージュ、地域の文化や歴史の再発見、身近な話題や出来事への驚きと感動。インタビュー記事や日常雑記に歴史や民俗学のテイストを加えた文章を得意とする。詳しくはWEBサイト「ものかき工房」にて。函館海藻アート協会」事務局長。函館市女性センターの指定管理団体監事。NCV「函館酒場寄港」案内人(ただいま休止中)。2005年から田んぼの取材を継続。「函館育ち ふっくりんこ蔵部」田んぼ記者。

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