備忘録(五)

3月21日(水)

五日目の函館中央病院。
窓からの眺め、雪景色の吹雪模様で驚く。
血圧127/78、体温35.5度。

午前中は腹部エコー検査のために絶食。
昨夜21時から水分もとっていない。

10時半、主治医の回診。
検査データの提供についてお願いすると、
こころよく応じてくれる。

11時ころ検査室に呼ばれて、
お腹にローションをぬられて、撮影端子をぐりぐり押しつけられる。

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待望の昼食/ハヤシライス、ポテトとタマゴのサラダ。なんとなく、著名なネズミのシルエットに。


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皿底にはパリパリにアルファ化した米が。食べられないので残念だが残す。

なんだろう。炊いたご飯が足りなくなったんだろうか。
こういう当たりを引くのが、俺らしくて満足。

14時、糖尿病患者に向けた集団栄養指導。
摂取カロリーの把握と食事内容(「食物交換」方式を使う)のレクチャー。
基本的な事項なので、とくに新しい情報は得られなかった。

まじめに取り組むと、料理を見ただけで(計量をしなくても)
カロリー量がわかってくるもんだ。
ただし、慣れとゆるみで、計測目盛りが甘くなってくる。
「慣れてきたら、毎回の計測は必要ありません。
 ただし、確認のために月1回くらい計り直してみましょう。」
この指導には、たいへん納得。

あちらの都合で、運動療法の時間がなくなりキャンセルに。
すこし身体を動かしたかったので、散歩に出かけることにした。
過去の入院では、そのつど外出届を提出して、主治医の許可を取り、
それでようやく外出するという流れだった。
今回は主治医から「ご自由に」という言葉があるのと、
病棟の看護師長の柔軟な対応によって、
声かけだけで出かけられることになった。
まぁ、重症ではない、ということもあるだろう。

街を歩くと情報(看板とか音とか香りとか)があふれていて、
思考が刺激されるので良い。
仕事のこととか、いろいろたくさん着想がわいてきて楽しかった。
歩道に雪が残り、けっこう歩きにくい。
湯の川まで歩いて、かるく汗をかいて帰ってくる。

向かいベッドにいる患者は、どうやら父と同郷らしい。
声をかけて、いろいろ話をしてみると、
(田舎なので当然のことながら)わかるわかる、ということになった。

となりの爺さんのところに娘が来る。
お互いに、いろいろぶつぶつ文句を言っているのが聞こえてくる。
 「いやぁーやぁ、タバコ1本くれや」
 「なに言ってんの。意味わかんないわよ」
笑いをこらえるのが大変だった。

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◆晩ご飯/ごはん(195g)、焼き魚(サバ)、すまし汁、鶏そぼろ煮(ほらまたササギだ!)、和え物。薄味羽の俺だが、魚にはしょうゆがあった方が良かったかな。たぶん添付もれじゃないだろうか。







【自分史草稿(五)】-----------

茶の間には「バルカン スパーヒート」 とかいうストーブがあった。
たしか外国製。
でかくてごつくて、さらに灯油をかなり喰うものだったそうだ。
ぺらぺらの隙間だらけの家だったので、
パワフルな暖房が必要だったのだろう。

台所は家の北側に位置して(玄関や茶の間は南面していた)、
たいへん寒かった記憶がある。
食事は台所にあるテーブルで食べた。
そのころは、たいへん食の細い子どもで、
いつも親に隠れて、ごはんやおかずを捨てていた。

急な階段をのぼると、2階には向かい合う部屋がふたつあった。
ひとつは寝室で、大きなベッドと小さなベッドがあった。
この大きなベッドは、引っ越した先の家に現存している。
もうひとつの部屋は、祖母(母の親)の部屋だった。

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プロフィール

高山潤
函館市および道南圏(渡島・檜山)を拠点に活動するフリーランスのライター、編集者、版元、TVディレクター、奥尻島旅人。元C型肝炎患者(抗ウィルス治療でウィルス再燃、インターフェロン・リバビリン併用療法でウィルス消滅で寛解)、2型糖尿病患者(慢性高血糖症・DM・2009年6月より療養中)。酒豪。函館市(亀田地区)出身、第一次オイルショックの年に生まれる。父母はいわゆる団塊世代。取材活動のテーマは、民衆史(色川史学)を軸にした人・街・暮らしのルポルタージュ、地域の文化や歴史の再発見、身近な話題や出来事への驚きと感動。詳しくはWEBサイト「ものかき工房」にて。NCV「函館酒場寄港」案内人、NCV「函館図鑑」調査員(企画・構成・取材・出演・ナレーション)。


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