02 教えたいことの最近のブログ記事

『函館物語 ー 昭和の函館から ー 』を読んだ。

  写真・文:金丸大作
  序 文:谷村志穂
  発行日:平成21年7月1日
  発 行:五稜出版社
  印 刷:三和印刷
  定 価:2900円(税込)

記録写真家で郷土史家の金丸大作さんの写真集。
帯には「函館開港150周年記念連携事業」と記載されている。

約160ページで、そのうちの6割がモノクロ写真だ。
ぱらぱらとめくり読む。前半から中ほどにかけてのモノクロ写真は、僕が生まれる前の函館。
高度成長期を迎える前の函館の「懐かしい」風景がそこにある。
街角で遊ぶ子どもたち、北洋漁業の船団、イカ襖のある風景、砂山、寒川、かつての姿。
過去に見たことがある写真もあるが、どれも「暮らし」を伝える素晴らしいカットが厳選されている。

ところが、だ。

後半のカラーページをめくっていて、どうも違和感を覚えた。
なんだろう。なんだろうか。
幾度か見直して気がついた。これ、キャプション(写真説明)にある年代がデタラメなのである。
ざっと見たところで、15カット以上にあきらかな間違いがあると断言できる。

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◆写真説明の内容に疑念を抱いた箇所に付せんを挟んでみた。

人びとの服装、街の風景(道路や看板)、自動車などから、
高度成長期以降(昭和40年代末〜昭和末期)に撮影されたと確定できる写真が、
昭和30年代の写真として紹介されている。

例えば・・・

金森倉庫の前に「函館57」ナンバーを付けた自動車が写っているカット(132p 55)。
キャプションは昭和38年9月。そんなわけない。
かつてのナンバープレートは「函」ひと文字表示で、
「函館」表記となったのは昭和63(1988)年以降である。

函館にあった映画館「巴座」の写真(136p 63)。昭和39年10月との説明。
正面に掲げられた上映中の映画を伝える看板には「アラジン」、そして伴映に「奇跡の旅」とある。
前者はディズニーのアニメ映画、
後者はマイケル.J.フォックスなどが声優として出演。
これらは平成5(1993)年に劇場公開(同時上映)された映画である。

お次はもっとお粗末。

昭和57年2月、八幡坂から見た冬の港と説明された写真(149p 84)。
坂上から函館港を見おろす定番のカット。その正面には青函連絡船「摩周丸」の姿。
夜景のカットのため摩周丸はライトアップされている。
ちょっと、待てよ。青函連絡船が廃止されたのは昭和63(1988)年である。
摩周丸は昭和63年3月13日(廃止の日)まで運航している。

そして、極めつけ。

函館山山頂から見おろした清々しい街の風景(145p 78)。
撮影日は昭和64年6月。
なんてことだろう!
昭和は昭和64年1月7日で終わっているのである。


ちょっと信じがたい。あまりにひどい。
この本の編集過程で、いったい何がおこったんだろうか。
せっかくの良書が台無しである。
これほど間違いが多いと、書籍全体が信用できなくなる。
2900円。お金をいただく仕事になっていない。
いや、仮に趣味の出版だったとしても、このような内容では出版の意義がない。
この書籍の間違いが正されず、もしこのまま流通し続けるなら、
意義どころか迷惑な代物と言わざる得ない。

近日、著者に直接お聞きして真相を確かめるつもりであるが、
もしかしたら、この書籍の後半部分は著者の手によるものではないかも知れない。
改めて言うが、著者がこのような間違いを犯すとは信じがたい。


けっきょくそれかよって言われちゃいそうだけど、
金返せって話でしょ。これじゃあ。
もちろん、僕はしっかり蔵書しますけどね。報道によれば発行部数は1000部。
ここで入院のきっかけを書いておきたい。

すいぶんしばらく長いこと体調は悪かったのだと思う。
あれもこれもぜんぶ糖尿病の症状だったんだろう。
分かっていながら放置していたのだから。
とりあえず、その話は改めて書くとして、直近の入院までの経緯を書いておく。

内科の初診日は6月15日(月)。
その1カ月くらい前から、右脇腹に違和感があった。
酒を飲み過ぎると肝臓が腫れるというから、きっとそれだろうと思っていた。
体を右に向けて横になると圧迫感があった。
ちょっと酒を抜けば治まるんだよ。と、自己診断。
連休前後は、ひどい「めまい」を抱えながらも、奥尻やら花見やらで連日飲酒。
酒を飲むと、酩酊感で「めまい」が相殺されるので、
足下がふらつくにもかかわらず酒量は減らさなかった。

  「めまい」はその後ゆっくりと快方に向かった。
  飲酒でめまいが相殺される件に関しては、
  耳鼻科の瀧先生(函館中央病院)に話してみたら、
  「そんなこともあるかも知れませんね」と笑われた。

このころから日記ブログの更新が滞ってしまったので詳しくは覚えていないが、
手帳を見ると外での飲酒は週1回程度。自宅晩酌は3日に1度くらいのはず。
毎朝10時ごろ起きて事務所へ。メシは食べずに14時くらいまで原稿書き。
がっちょり昼飯を食べて、事務所の床で16時くらいまで昼寝。
21時くらいまで仕事をして、港町のアークスで半額弁当を三つ買って帰る。
テレビを見ながらビールを飲みつつメシを食い、酔っぱらって26時ころ就寝。
そんな生活スタイル。不健康きわまりなし。
しかし、朝メシを食べないのは仕事のため。朝がいちばん集中できるので、
消化に血をまわしたくないのだ。昼食までの数時間は、夜の数倍も働ける。

日を追うごとに、じんわりじわじわと脇腹の腫れが気になってくる。
じゃっかんの痛みもともなうようになってきた。
5月下旬から6月上旬は、田んぼと学校の取材で忙しかった。
取材中はしゃきっとしているのだが、事務所に戻ると疲労困憊して床に寝転がる。
原稿書きに集中できず、いつもより輪をかけて遅筆になる。

腫れを発見したのは、初診日の10日ほど前だ。
あれ? もしかして腫れてんじゃん。なんか痛いし。
正直に告白すると、僕はポコリとふくらんだ脇腹に手を当てながら、
怖くて怖くて仕方なかった。このとき、腫れの原因はてっきり肝臓だと思っていたので
もうきっと脂肪肝どころじゃない状態になっていると思ってた。
アルコール性肝炎もしくは肝硬変とか。

6月10日(水)、横になると仰向けでも痛みを感じるようになる。
食事後は、内側から圧迫されているような痛み。
気になって眠れない。この前日は、テレビの収録でたくさん飲んだので、
それが痛み増加の原因だろうと考え、しばらく酒を控えようと決めた。
朝、起きてすぐは、それほど痛みがない。
12日(木)の朝は、腫れも治まったような気もするし、気になるほどの痛みも無し。
よかった。病院に行かなくても良いかも。それにしても疲れやすい。
13日(金)。だめだ。腫れも痛みもぶり返してきた。寝ても治まらない。しかし週末。
めまいの時も、通院を迷っているうちに土日になってしまった。
それで、自宅から一番近い市立函館病院の休日外来を受診しようと思ったら、
他を当たってください、と断られてしまったわけだ。
土日は安静にして、月曜日に病院へ行こう。
ホームページで函館中央病院の外来受付時間を調べる。
かかりつけ医はいないし、どんな病気かわからないので、
やっぱり総合病院に行きたいと思った。ここ最近、通い慣れていた病院だし。

痛みと腫れにおののきながら週末を過ごす。
15日(水)、7時起床。痛い。腫れてる。熱い。
8時に中央病院到着。初診受付をして内科の外来受付へ。
問診を受けて、9時半くらいに診察。エコー検査。
「これかな。あーあー、ありました。膿傷ですねー。」
採血、検尿、CT(造影剤たっぷり)。結果を待って、ふたたび医師と対面。

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2009年6月15日
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函館中央病院
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体重 105.6kg

GOT 46
GPT 75
γ-GTP 301
LDH 360

総コレステロール 355
中性脂肪(LDL、悪玉コレステロール) 266

尿蛋白 4+
尿糖 4+

血糖 351
HbA1c 12.8


「はい。今日から入院です。」
「はっ、今日からですか? そらまた急ですね。」
「糖尿病ですね。数値がなかり悪いですよ。膿傷、体内に膿がたまっているんですが、
 ふつうの人ではありえません。糖尿病で抵抗力が落ちているからです。」
「ちょっと抱えている仕事もありまして。
 それを終わらせないと入院費もままならないし。2週間は長いし。」
「でも、体が腐っているわけですよ。膿があるのは筋肉の内側の深い部分です。」
「わかりました。先生、時間をください。」
「来週なら大丈夫ですか?」
「あー、でも来週だと、あのほら、高額医療費の手続きで損するというか」
「どうしましょうねー。糖尿病の治療と膿傷は同時に治療しないと...」
「いますぐの入院は無理ですが、毎日通院することはできますが。」
「じゃあ、今日から1週間、点滴をしに来てください。」
そんなわけで、その週は毎日朝10時半に通って点滴を受けた。

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◆初診日の帰り際に渡されたメモ。入院までの3週間は、ほぼ指示通りの生活をした。
◆飲酒は入院の4日前に、仕事(テレビ収録)のために1度だけ。
◆糖尿病の自己注射薬を宣伝するメモ帳なのが、なんとも脅迫めいていて効果的だった。


さて、これが1週間後の数値。

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2009年6月22日
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函館中央病院
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体重 105.6kg

GOT 41
GPT 61
γ-GTP 206
LDH 238

総コレステロール 259
中性脂肪(LDL、悪玉コレステロール) 182

尿蛋白 4+
尿糖 4+

血糖 229


「コレステロール値が100も下がってますね」
「いったいぜんたい、どんな食生活をしてたんですかね。自分のことながら。」
「ふつうはこんなに下がりませんから。」
「じゃあ、入院はしなくても良さそうですか?」
「いーえ。覚悟を決めてください。」

こうして、入院の申し渡しから3週間の準備期間を経て、
631病室の人になったわけである。

そして、入院翌日の結果。

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2009年7月6日
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函館中央病院
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体重 104.6kg

GOT 48
GPT 68
γ-GTP 171
LDH 220

総コレステロール 293
中性脂肪(LDL、悪玉コレステロール) 217

コレステロール値が上がっているのは、
収録後に食べたラーメンのせいかも知れない。
反省をふくめて、過去の体の状況を振り返ってみようかと思う。

これまで2度に渡って通院・治療のチャンスがあったのだが、
いずれも生来の怠惰な性格が遺憾なく発揮されて、
2カ月くらいで挫折している。その後は放置プレイ。投げやり人生だったわけだ。
そのわりには、過去の検査結果などをしっかりファイリングしていたりする。


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2003年12月
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函館稜北病院
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 当時、函館で創刊された週刊求人誌のお手伝いをしており、そこに掲載する記事を書くために函館稜北病院を訪れた。廉価な健康診断があるというので、30歳にもなったことだし受診してみることにした。その結果である。

体重 108.9kg
最高血圧 170
最低血圧 98

GOT 95
GPT 184
γ-GTP 393

総コレステロール 222
中性脂肪 117

尿蛋白 3+

 このときは、これから生活を改めなければ糖尿病になりますと言われた。食事と運動を進められて、栄養指導も受けている。糖尿病の恐怖と治療に関する資料をたくさんもらった。今回の入院が決まって改めて読み直してみた。
 たぶん2〜3回ほど通院して、待ち時間がかったるくなって行かなくなった。その後、放置。当時は30歳になって、物書きとしていろいろ覚悟をし直した時期で、ぎらぎらと貪欲に忙しかったのだ。


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2005年8月
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五稜郭循環器泌尿器科
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 ちょうどこのころ頭髪諦観の境地に達した。最初は12mmとか。
 この年は戦後60年ということで、道新さんの紙面でずいぶんと関連記事や企画をやらせてもらった。生意気に仕事を整理しだして、金銭面では漸減だが、仕事の内容は充実していた。この年の秋から「ふっくりんこ」の取材もスタートしている。海藻アートの活動も積極的に展開していた。
 通院のきっかけは腰痛だった。FMいるかさんの広報誌の仕事で、船に乗って函館の海岸線を海から撮影してレポート記事を書くことになった。そのとき、カメラ片手にボートの上で踏ん張っていたら、腰がピキッときたのだ。それで、今は閉院した宮崎整形で診てもらった。そのとき、なぜか採血をされて、医師から「腰なんかより内科に行きなさい」と言われて、紹介状を持たされた。あんまり待ち時間が長くない病院を希望したら、五稜郭循環器泌尿器科を紹介された。
 たしかに、なんとなく体調がすぐれなかった。頭痛に悩まされていた。最大体重もこのころである。

体重 114.1kg
最高血圧 190
最低血圧 86

GOT 81
GPT 151
γ-GTP 272
LDH 257

総コレステロール 269
中性脂肪 190

尿蛋白 3+
尿糖 3+

血糖 228
HbA1c 8.2

 糖尿病ですと言われる。このときの主治医がおもしろい人で、糖尿病の話から「天明の飢饉」まで話題が広がった。覚えている限り再現してみる。
 「日本人は粗食に耐えてきたんです。江戸時代に天明の飢饉とか天保の飢饉とかがあって、ほんとうに少ないカロリー量でも生きていける体を長年かけてつくってきたわけですよ。だから現代の食生活に、昔ながらの日本人体質は合っていないの。欧米人を見ると、高山さんよりずっと太っている人でも糖尿病じゃなかったりします。それは、日本人に比べて欧米人が高いカロリーを摂取できてきたからなんです。そういう食事に慣れているわけです。多くの日本人は、幾度となくおそった飢饉に耐えて生き残ってきた人の子孫なんです。たぶん高山さんもそうです。だから、飽食の時代をそのまま享受していると、はっきり言って生き残れないんですよ。糖尿病になると精力も減退します。つまり、うまく子孫を残せなくなる。ある意味で淘汰されてしまうわけです。」
 そんなことを言われたので、3カ月ほどまじめに通ってみた。このときも栄養指導を受けて、食事療法のバイブル「食物交換表(第6版)」も購入している。ちょくちょく散歩に出かけていた。通院中に4kgほど減量し、数値(血糖値・HbA1c)も改善の傾向に向かった。なにより血圧の薬を処方してもらっていたので、それまで頻繁だった頭痛もおさまり、だいぶ体が楽になった。そうなると、楽観気分があふれてきて、いろいろ理由を付けて診察を先延ばししているうちに、とうとう行きにくくなってしまった。その後、華麗に放置。


そして、2009年6月を迎えることになる。
宣伝。

函館のケーブルテレビ局NCVで、
「函館酒場寄港」という番組を企画・出演しています。

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番組は1カ月間のリピート放送。
第1回はすでに4月13日(月)から放映されています。
月・水・金の14時と25時が放送時間です。
なんだか中途半端な放送時間帯ですが、それは新参者だからでしょう。


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最初の1週間は、ほぼ無反響。
なーんだ、こんなもんかと思っていたら、日記でも書いているけど、
放送10日目くらいから「見たよ」「出てる人でしょ」と声がかかるように。

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◆第1回では弁天町「はとば」を紹介しています。思いっきりホーム。

内容は、ただただ飲酒してるだけ。
15分番組ですから、ちょっとだけ人生時間の無駄遣いをしてください。
ちなみに、出演料は2000円+飲酒代(上限5000円)。


◆ご近所の漁師さんと燃料代高騰の話を1時間くらい。旬の魚の話をしろよ、と。

弁天町「はとば」は、一見さんおことわりです。
紹介者が必要というわけでもないけど、要予約なので。
予約のための電話番号を入手する必要があります。


◆眠そうな顔をしるけど、収録終了後(23時ころ)、28時くらいまで飲酒してた。
 坊主頭は田家町「髪倶楽部」で1.1mmバリカン。

この店の魅力は、とにかく狭いこと。
8人(僕なら4人)ほどで、膝をつき合わす状態になる。
だから、必然的にお隣のお客と会話を交わすようになる。知らない人でも。
それが魅力。もちろん、酒も肴もうまい。

というわけで、
NCVの視聴契約はお近くの代理店まで。
奥尻島の観光シーズンが始まります。
5月1日の「奥尻しまびらき」は、その幕開けを宣言するおまつりです。
そして、この日に島へ訪れていただいた皆さんに、
感謝の気持ちを心づくし物づくしで伝えるおまつりです。

昨年、僕は函館出身のプロラグビー選手・笠原雄太くんに出会いました。
奥尻島は出会いの島です。
おまつりは、そのきっかけを提供してくれます。
連休のご予定が決まっていない人は、どうぞこぞって奥尻島へ。

奥尻しまびらき2009の詳細(公式情報)

◆昨年の記事 前編 後編
◆一昨年の記事 前編 後編

当日の服装は、昨年の写真を参考にしてください。
昨年は曇天でかなり肌寒かったですね。

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◆ふるまい三平汁。無料です。湯気までうまいです。写真左は石岡民宿のかあさん。

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◆おいしい顔を披露していただきました。

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◆島の観光大使・マダム石井さんの司会で、会場に笑みが絶えない。

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◆KAZUMIさんのライブで盛り上がる。このあと、思わぬ幸運が↓

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◆抽選会で豪華景品(ほんとに豪華なのだ)をせしめた三人組。参加無料。

そうだ。忘れるとこだった。

今年も「たこやまを探せ」を勝手に開催。
しまびらき会場にて「たこやまさんですよね」と声をかえていただいた人に、
島の味覚をプレゼントすることにします。財布の関係で途中終了あり。

では、春の奥尻島で出会えることを楽しみにしています。
4月9日(木)
忘れた。とにかく原稿を書いていたはずだ。

4月10日(金)
無精髭が邪魔だ。5ミリを越えると、ウニのトゲのように伸びる。
お昼。お隣の3人と一緒に。五稜郭町「高橋」(本当は「はしご高」)。
移動中、仙石くんから電話があって、FMいるかに奥尻の満島さんが出演してる、と。
ほんとだ。皆方さんと絡んでいる。満島さんは、ラジオやテレビでコメントするとき、
妙に堅くなるんだよなぁ。周りの人が満島さんをちゃかす声が電波にのっていた。
今日から空港で「春の奥尻島フェア」をやってる。
店すいている。以前、かき揚げで失敗したので、うなぎランチ(1000円)にする。
限定10食となっていたので大丈夫と聞いたら、
「この3人でおしまいにします」と。じゃっかん適当。
うなぎは脂肪肝患者の大敵なのだが、数年ぶりに食べてしまった。
片原さんが懸命にうなぎの皮を剥がして食べていた。
そこを食べなくてどうすんだよ、餃子の皮を外して食ってるようなもんだ、
と指摘。かなり驚いていた。
ご家族みんなで、うなぎの皮は食べなかったらしい。
14時、空港貨物。奥尻からの託送荷物を受け取る。
フェアを覗いて、早く帰って原稿を書かなくちゃと、クルマに向かいかけると、
おいおいと声がかかる。奥尻のちゃぼさんだ。
航空便で、本日デビューの奥尻ワインを運んできたようだ。
クルマに積み替えようとしていたのだが、入りきらないらしい。
こちらのクルマにも乗せて、隣の空港ビルに移動。
満島さんがいたので、ちょいと立ち話で打ち合わせ。
それじゃってことで、ワインとかホッケとかタコとかサクラマスとか購入。
叔父さんの会社の商品は厚めに購入。
精算して売り場に戻ると、満島さんがワインのコメントお願い、と言ってくる。
にじりよるテレビカメラ。ということでコメント。あっ、伸びすぎた無精髭がイヤだなぁ。
「ずっと楽しみにしてきた。でも、ワインというとヨーロッパ。北海道で、しかも離島で、
 おいしいワインができるんだろうか、という潜入感もあったのはたしか。
 でも。意外にも、充分おいしいでき。うれしいです。」的なコメント。

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夕方の「どさんこワイド」で使われたらしい。
夜、みのやの奥さんからメールが来て知る。他に、誰からもツッコミなし。
空港の利用客が少ないのか、なんだか売店コーナー全体が閑散としていて、
島の人たちもノリが悪い。むずむずする。
原稿も遅れついでだ。ちょっとだけなら、いいか。
はっぴを借りて売り子をすることにする。とりあえず覇気がないので、
真ん中にたって大声でがなる。いつものやつだ。
途中、以前インタビューした女性(空港ビルで働いている)が通りがかって、
気が付かずに試食してってよと声をかけたら、
あちらはすぐに気が付いたようで「こんなところで働いてるんですか」と勘違いされる。
あとで、あああ、あの人か。たぶん大妻高校の卒業生のはず。
どうしよう。ものかきで食えなくてバイトしてると思われたかも。
ま、いいか。それぐらい、本気の売り子だったというわけだ。
声をかけて、その人が試食して買ってくれると、快感なんだよなぁ。

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15時半、さすがに満島さんが心配して「もうバトンタッチするから」と。
そうだった。和也さんにデータを届けなくちゃ。さっき買った冷凍品も解けちゃってるよ。
16時、和也さんの事務所。データを渡す。
16時半、事務所。お隣に島の海産物をおすそわけ。
でも、20時前にNCVの一森さんが来る。
先週撮影した「函館酒場寄港」のナレーション入れをするため。
あらあらに編集したものを見る。
なんだよ、俺はほんとうに飲んでばっかりだな。
原稿をつくっていなかったので、その場で頭の中で言いたいことをざっくり考えて、
あとは緊張感が言葉を整理してくれるのに期待。2時間くらいで終了。
月曜日(13日)の14時からオンエアで、かなりリピートされるらしい。
これで、もう、本屋でエロ本は買えないな。自意識過剰か。
徹夜で仕事。

4月11日(土)
徹夜明け。そのまま仕事。

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◆ネマガリダケ(いわゆる北海道のタケノコ、チシマザサのこと)で編んだカゴに
 キトピロを入れてみた。このカゴは奥尻の三上さんがつくったもの。
 ちなみに、奥尻島のはあんまり臭くない。

夕方、敦賀さんがアイヌネギ(行者にんにく・キトピロ・ヒトビロなど呼称はいろいろ)を
持ってきてくれる。秘密の場所なのだが、今年はすごい人出だったらしい。
太くて良いものばかり。感謝。
この日も、このまま夜業。4時すぎに帰宅。ふとんに倒れ込む前に、亀のご飯をやる。

4月12日(日)
9時、事務所。原稿書き。腰が痛い。
買い出しが面倒で、このあいだ空港のフェアで買ってきたサクラマスの素干しを食べる。

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◆奥尻「さとう食材」謹製。
 むしゃむしゃ食べながら仕事してたら、あっというまに半身なくなった。

25時、日記を書いていなかったので、仕事をなげうって書き始める。
26時、読み直さずにアップロード。なんだか長くなった。
3月31日(火)
8時半に事務所。
9時、函館北ふ頭へ。

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本日は北日本海運株式会社・青函フェリー「あさかぜ21」の竣工披露式。
父が太鼓腹を凹ませて完成させた船なので、ある種の感慨を得ながら式典の撮影をした。

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◆父。みんなにスーツをめくられて、腹をさすられてた。

お祝いの花やら酒やらビールやらが並ぶ。しまった。そう言えば、すっかり忘れてたなぁ。
船橋(ブリッジ)で安全祈願祭、その後、車両甲板で披露式典。
料理は五島軒だった。終わったあとに、3口だけ食べる。
12時、ちゃっかり記念品をもらって帰る。
ちなみに、記念品の中身は、「函館育ちふっくりんこ」と「ふっくりんこ純米酒」。

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なかば強引に企画を持ち込み、JA新はこだて田山さんの協力を得て実現させたもの。
  ※記念品は「ハコダテ150」でも紹介されていた。コチラ
ラベルの写真は今年1月に石巻市のドックでおこなわれた進水命名式で撮影してきたもの。
デザイナーの敦賀さんが、ウルトラ怪獣みたいだって言ってた。たしかに。
そう言えば、式典の中で、
青函フェリーを共同運航する共栄運輸株式会社・兵頭社長による乾杯の挨拶で、
函館開港150周年の年に、青函航路に新造船が就航したのは喜ばしいこと」と言及してた。
素晴らしい。ありがたい。そういや、どこかのフェリーと違って、とくに市長などは来なかったな。

16時すぎ、和也さんの事務所。
なぜか寿司5カンをご馳走になる。うまかった。
田家町のみちのく銀行で現金引き出し。
サッポロドラッグストアで、箱ティッシュと牛乳とカップラー。
事務所に戻って、19時くらいから星野さんと海岸町「道頓堀」で飲酒。
漬け物、キムチ、網焼きセット、生ラム、野菜盛り合わせ、芋焼酎、お好み焼きミックス。
おかみさんのオマケで、きんきのあらと黒豆の煮たやつ。
黒豆は優しい味でとくにおいしかった。
星野さんから、アル北の川上さんが結婚・出産だと聞いた。
おめでたいことだ。
23時、河岸を変えてお向かいの「よしの」(万代町)へ。
熱燗を飲んでいたんだけど、
メニューにあった「自家製カルピスサワー」の誘惑に耐えきれず注文。
自家製って、自家製カルピスって、どんなんですか?
と、聞いたらニヤリと笑って、自家製なんです、と言われた。
むがー、ばかな妄想をしてしまう。
味はミルキー。乳酸菌は感じなかったかな。
0時前、代行車を呼ぶ。いつものキング。
精算のとき、500円引きになりますから1700円です、と。
あらびっくり。なんで? と聞くと、
「よしの」で代行車の割引チケットを渡しているとのこと。
ちびっとしか飲んでいないのに、なんだか申し訳なくありがたい。
初会のサービスを得て、裏を返さないのは粋じゃない。
近々再訪しよう。
カップうどんを食べて就寝。
先日、函館開港150周年記念の「101日前イベント」で紙芝居を読んだ。

0903kamisibai.gif ←クリックで作品を読めます。

2カ月くらい前に、
ハコダテ150編集長の佐々木さんと星野さんとでシーン(絵)の原案をつくって、
そのままほったらかしにしておいた。

で、上演の二日前に、脚本をどうすんだという話になりまして。
絵(担当はいすずさん)の完成は当日朝になりそうな情勢。
でも、やらないわけにはいかないだろう、と星野さんが決意。
つーわけで、上演前日のお昼から脚本を書き出したのでした。

星野さんに原案をベースにした物語の骨組みをつくってもらい、
それをもとに、なんとか線画だけはアップしてきた絵を見ながら、脚本を書いていく。
きっかり12時間かかって完成。
星野さんと仙石くんに聞かせたら、まあまあの評価。
紙芝居というより、落語をイメージしながらつくった。

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現場のノリがいまいちだなぁと感じたときは、地べたに座るようにしている。
上演直前に、子どもと世間話。(写真提供:x103さん)

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最初のあいさつ。全員集合「おいっす! 声が小さーい! おいーっす!」のイメージ。
これは「海藻おしば」の講習会でもよくやってる。(写真提供:lapisさん)

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たまたま、「ふっくりんこ」の取材で会った子(昭和小学校の5年生)がいて、
紙芝居おもしろかった? と聞いたら、
うなずいていたので、ちょっと安心。(写真提供:星野さん)

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この日は3回上演。前座として、初回をやらせていただきました。
写真右は2回目の朗読を担当したあんきもさん(元NHK函館放送局アナウンサー)。
前日、紙芝居を研究しているサイトを見ていたら、
めくりも重要とあったので、小手先だけどちょっと工夫してみた。(写真提供:sen59くん)

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翌日の毎日新聞。自慢の前掛けが写っていて嬉しい。
デッドストックの前掛け大好き。たぶん100着くらいある。
今回は函館で大正4年に創業した帝国製菓の前掛けをチョイス。
戦前の函館では、製菓業は優良な産業だった。
北洋や軍事物資としての需要があったので。

昨年春に奥尻島で知り合って、
このブログでも紹介したプロラグビー選手の笠原雄太くん。
函館出身で、七飯高校 → 流通経済大学 → ヤマハ発動機ジュビロで活躍中。
昨年12月から、トップリーグ(社会人ラグビー)の公式戦メンバーに加わり、
順調にスタメン入りも果たしています。

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笠原くんからメールをもらったので紹介します。
「18日の神戸製鋼戦メンバーに入りました。
 大畑大介に函館タックルかましてきます!!
 神戸製鋼と試合できるなんて夢みたいです。
 七飯高校(笠原くんの出身校)のような無名校でも、
 自分を信じて努力すれば夢がかなうことを証明してきます!」

1月18日(日)の「ヤマハ発動機 vs. 神戸製鋼」戦は、
Jsports(スカパー!など)で生中継されます!
放送に関する詳細はこちらでご確認ください。
チャンネル契約をしているひとは、ぜひぜひ観戦と応援を!

笠原くんについては、こちら(ハコダテ150)の記事で。

10月12日・13日に開催がせまった函館開港150周年プレイベント「開港5都市麺フェスタ」
このイベントの目玉となる復刻「南京そば」の試食会(抽選100人/9月21日)がおこなわれました。

※南京そば復刻の経緯は上記のリンク先(ハコダテ150)をご覧ください。

080921-02.JPG
◆おいしい顔1
 「今は味噌も食べるようになったけど、塩ラーメンがいちばん好きだよ。」
 さすが、函館っ子。僕も同感だ。

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◆こちらが復刻「南京そば」。錦糸玉子と銀杏(ぎんなん)のトッピングが特徴。
 ほんれんそう、ネギ、そして鶏ハムチャーシューが乗る。

プロフィール

高山潤
函館市および道南圏(渡島・檜山)を拠点に活動するフリーランスのライター、編集者、版元、TVディレクター、奥尻島旅人。元C型肝炎患者(抗ウィルス治療でウィルス再燃、インターフェロン・リバビリン併用療法でウィルス消滅で寛解)、2型糖尿病患者(慢性高血糖症・DM・2009年6月より療養中)。酒豪。函館市(亀田地区)出身、第一次オイルショックの年に生まれる。父母はいわゆる団塊世代。取材活動のテーマは、民衆史(色川史学)を軸にした人・街・暮らしのルポルタージュ、地域の文化や歴史の再発見、身近な話題や出来事への驚きと感動。詳しくはWEBサイト「ものかき工房」にて。NCV「函館酒場寄港」案内人、NCV「函館図鑑」調査員(企画・構成・取材・出演・ナレーション)。


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