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初回(2007年5月1日)から連続参加している奥尻島のイベント。
長い冬があけて、島が輝き出す季節。
振る舞い三平汁、振る舞い奥尻ワイン、振る舞いイカ・アスパラ焼きなどなど、
奥尻の「こころいき」を体感できる催事でもある。
ビールとワインで、かなり酔っぱらいながらの撮影なので、いろいろご容赦。

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今年は雨の予報だったので屋内会場で。フェリーから入港時に撮影。

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昨年から参加している函館駅前の百貨店「棒二森屋」のブース。
地階のパン屋「DONQ」のクロワッサンなどを販売。

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こちらは振る舞いでも使われた「パン・オ・フリュイ」。
奥尻のワインを使っている。フリュイはフランス語で果物という意味。
クランベリーとブドウとイチジクが練り込まれてた、と思う。

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今年も奥尻中学校の生徒が接待役として参加。
まさに島一丸となったイベントなのだ。

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司会進行のマダム石井さんにいじられる中学生。

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奥尻の子どもたちは、こうやって「おもてなし」のこころを体得していくのである。

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振る舞い料理が会場に配られる(無料提供)。

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奥尻沖で獲れたイカ。うめー。

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奥尻産アスパラは、でかいのにやわらかくジューシー。
張りのあるワカメも美味。

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奥尻島が「元祖」との説もある三平汁。
奥尻では塩蔵したホッケ、イモ・大根・ニンジンをごろごろ入れる。

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アワビ様。こちらは500円。特別価格。

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奥尻島のイベントと言えばビンゴ大会。
まことに申し訳ないことに、一等賞は私が獲得いたしました。
活アワビを10個。なんかすんません。

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次世代を担う島人が育ちつつあるお腹。

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この日から就航再開した「せたな便」が入港。
厚い霧(飛行機は欠航した)で、目の前に来るまで船影が見えなかった。

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中学生が大漁旗(だいりょうばた)を降って歓迎。

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島民からさめた「うにまる」もお出迎え。

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新たなお客様に、三平汁をお届けする。よく働く生徒たちだ。

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まだちょっぴり涼しい奥尻島。甘酒も振る舞われました。

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後半は抽選会で盛り上がる。

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こちらも活アワビ10個をゲット。

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奥尻島の対岸にある江差町出身、
シンガーソングライターで民謡歌手の香澄(KAZUMI)さんのミニライヴ。
こちらも恒例です。

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今年のセットリストは民謡と演歌。めりはりあって盛り上がる。

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伸びやかで迫力ある歌声に感動した。
ちなみに、音響や照明はすべて奥尻町役場の職員が担当。
なぜか(?)完璧なのだ。

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聞き惚れる聴衆。

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出た! エグザイルのアレ。

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会場が一体になる。

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こちらも恒例の「奥尻しりふり音頭」が始まる。

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さすが奥尻観光大使のマダム石井さん。振り付けは完璧かつキレがあります。

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観光客も町民も、みんなで輪になって踊ります。

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誰もが踊りたくなるのです。

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ふりつけは超かんたん。

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そして、しめくくりは餅まきです。

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餅はなぜここまで人を熱くさせるのか?

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自他共に認める野球馬鹿(本人発言より)である田中副町長は、
餅をオーバースローでばすんばすん投げていた。

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うちのカミさんは、餅がいくつも顔にぶつかったそうだ。
で、拾ったのは3個。


そんなわけで、今年もたっぷり飲んだしたっぷり愉しんだ。
もうひとつ、おもしろい出会いがあったのだけれど、それは別記事で。


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日々の仕事や飲酒や病気のいろいろはこちらで。
 こんなぼくでも少女のように舞い上がることはあるのだ。
 函館市芸術ホールが主催する市民向け企画「ステージラボ」の演技ワークショップに、劇作家・演出家の鴻上尚史さんが講師で来函すると聞きつけて、いてもたってもいられなった。
 ぼくの仕事(おもにインタビュー取材)は、一方的にインタビュイーのお話を聴くだけでなく、インタビュワーであるぼくの意志を(すこし過剰気味に)伝えながら、一緒に話したい・聴きたい・書きたい「なにか」を探していくスタイル。取材現場でぼくが発する声や表情や反射(反応)は、インタビューを進めるために重要な要素だと思っている。ここに生かせるはずだ。ま、そんな言い訳を用意して、演劇人でもないのにワークショップに参加することにした。
 ワークショップでは心身の緊張をやわらげることからスタートし、おもに「発声」について教えていただいた。声(音)のメカニズムを学びながら、実際に発声をして体感していく。鴻上さんの「気持ちは瞬時に変化することもあるが、身体はワンクリックでは変わらない」という言葉は、なにかを「めざす」人たちすべての励みになる言葉だと思う。
 身体の重心を下げること、声のベクトルを意識すること、声の五つの要素を理解すること、など。鴻上さんの書籍で読んでいたはずだが、ご本人のレクチャーを受けることで身体になじませることができた。
 緊張したとき、焦っているとき、人は首(上半身)から動き出してしまう。声もうわずっている。そのままでは、行動も表現も上滑りだ。思いも狙いも届かない。とにかく、身体の重心を下げる。声を落ち着かせる。そのことが精神にフィードバックされて落ち着きを取り戻す。これはナルホドと思った。日常にも生かせることだ。
 5時間はあっという間だった。地域で活動する若い演劇人へ向けて、明快で丁寧な技術指導と深い情熱を秘めたメッセージ(けして暑苦しくない)を伝える姿に感動した。ぼく自身は本当に年甲斐もなく舞い上がってしまって、鴻上さんに16回くらい「うるさい」と言われて、そのたびに多幸感に包まれていたのが恥ずかしい。
 居酒屋での打ち上げでは持ち前の厚かましさを発揮して、サインをねだる・写真を撮る・厚かましい質問はぶつけるはで大興奮。同伴したかみさんにも良い想い出をプレゼントできたと勝手に思っている。
 今回の受講生はぼくを入れて23人。これはすっごくもったいないことだと思う。鴻上さんを困惑させるくらい人が集まっても良かったのに。かかわりのある演劇関係者にも声をかけたが、参加が叶わなかったことは残念なことだ。次の機会はいつになるかわからない。せめて、ぼくが聴きとめたことを、伝えられる機会があればな、と思う。下記に紹介した書籍を読んだ方がわかりやすいと思うけど。
 素晴らしい機会をつくってくれた函館市芸術ホールに感謝。そして多忙を極めるスケジュールの間隙を突いて函館にお越し頂いた鴻上尚史さんに大感謝です。

◆今回のワークショップに関連する鴻上尚史さんの書籍

    

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かみさんは中学生のときに、書店で鴻上さんの戯曲を手にして以来の熱心なファン。数年前、札幌公演のおりにロビーに立っていた鴻上さんに話しかけ、ぽろぽろと涙を流していたくらいに。

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かみさんが何度も何度も大切に読んできた『私家版 第三舞台』にもサインを。

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さらに、鴻上さんの処女戯曲『朝日のような夕陽をつれて』(初版二刷)にサインしていただく。
さらにさらに、『孤独と不安のレッスン』と『「空気」と「世間」』にもサインをいただこうと思っていたが、自宅に忘れてくる痛恨のミス。欲ばりすぎはよくないか。

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ぼくは大学生のとき、週刊誌連載のエッセイ「ドン・キホーテのピアス」で、文筆家としての鴻上さんに惚れた。
その後、かみさんと出会った影響で戯曲を読み、演劇にも興味が広がったのは幸せなこと。

※鴻上尚史さんご本人に写真掲載の許諾は受けています。酒席で。
昨夜、渡辺保史さんが急逝された。
くも膜下出血のため。47歳、あまりに早い。

ぼくが函館でのフリーランスのライター仕事を本格化させたころ、渡辺さんからメールが届いた。桔梗町のモスバーガーで待ち合わせして3時間ほどお話をした。ぼくは興奮していた。インタビューされる側が、インタビューされちゃったよ。そう笑っていた。
当時、渡辺さんは仕事の拠点を函館に移して、精力的に「仲間」を探していたようだ。

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渡辺さんが主宰した市民グループ「ノード・ハコダテ」のトークライブにて(2001年1月)

渡辺さんが語ってくれること・教えてくれることは、ぼくにとってどれもが新鮮かつ刺激に満ちていて、ひとつひとつに蒙が啓かれる感じだった。
そして、中央から遠く離れた地・函館で暮らしながらでも、やれることがるんだ、と覚悟を決めさせてくれるヒントをたくさん与えてもらった。いまもぼくの仕事の中に、その影響を見つけることができる。

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西村佳哲さんを函館に迎えて。「サウンドバム」をテーマにしたトークライブ(2001年7月)

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地域での実践。街の音を探す「サウンドバム@ハコダテ」での1コマ。(2001年7月)

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函館で開催した「
hakodadigital×shrinking cities----縮小する都市の過去・現在そして未来」展にて(2007年11月)

いつも忙しそうに飛びまわる。それが渡辺さんの仕事のスタイルだったのだろう。
人に会うこと、現場に立つこと、実践すること。それらに時間と体力を惜しむことがなかった。全国あちこちに、渡辺さんに会って・感じて・行動した人が多くいるはずだ。そして、これからも渡辺さんが「考えていたこと」は、さまざまなところで萌芽していくに違いない。
たぶん、唯一めんどうだったのは、原稿を書くことじゃなかっただろうか。
ライター同士の立場で話をするときは、いつも「書かなくてもいいなら良い仕事だよね」と笑いあっていた。

渡辺さんが函館を離れてからは、1〜2度ほどしか顔を合わせる機会がなかった。
最後にお会いしたのは北大の研究室。2時間ほどのインタビューをさせてもらった。家族のことを話す渡辺さんのはにかんだ顔を思い出す。

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北海道大学にて。(2008年10月16日)

渡辺保史さん
http://www.facebook.com/yaswtnb
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プロフィール

高山潤
函館市および道南圏(渡島・檜山)を拠点に活動するフリーランスのライター、編集者、版元、TVディレクター、奥尻島旅人。元C型肝炎患者(抗ウィルス治療でウィルス再燃、インターフェロン・リバビリン併用療法でウィルス消滅で寛解)、2型糖尿病患者(慢性高血糖症・DM・2009年6月より療養中)。酒豪。函館市(亀田地区)出身、第一次オイルショックの年に生まれる。父母はいわゆる団塊世代。取材活動のテーマは、民衆史(色川史学)を軸にした人・街・暮らしのルポルタージュ、地域の文化や歴史の再発見、身近な話題や出来事への驚きと感動。詳しくはWEBサイト「ものかき工房」にて。NCV「函館酒場寄港」案内人、NCV「函館図鑑」調査員(企画・構成・取材・出演・ナレーション)。


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