01 日記の最近のブログ記事

入院した。
前回(2014年10月)から2年ちょっとぶりである。
2009年から毎年入院していたので、自分としては久しぶりだ。
ここ1年ほど体重の管理がずたずたで、
それにともなって各種数値が悪化の一途を辿っており、
糖尿病だけでなく、そろそろ腎臓もマズイ状況になってきた。
そんなわけで、
治療意識をリセットする(リスタートする・リブートする)意味でも、
入院が必要だろうと判断した。
今回の入院治療の主題は「食事制限」である。

入院前日、持ち込む荷物をまとめる。
慣れていないころは大荷物を用意したものだが、
今回は着替え2日分とノートパソコンと仕事の資料と洗顔用具くらい。
まずはリュックひとつで入院することにした。
と言っても、後から家人にあれこれ持ち込んでもらう荷物もまとめてある。
入院前1週間くらいは節制しようと考えていたのだが、
結局は3日前まで大酒をくらって、
前日の夜も満腹になるまでメシを喰らってしまった。
この幸せもこれまでか。と感慨にふける間もなく就寝する。

あけて当日。
7時前に起きて、病院へ持ち込む荷物を再チェック。
どうしても積み残しの仕事の資料が増えてしまうが、
これは毎回仕方がないこと。
はじめのころは外付けハードディスクまで持ち込んで、
病院の床頭台を完全な仕事机にしていたので、
それに比べるとかわいいものである。
自分としては今朝から治療体制ということで、
ふだんは食べない朝食を食べることにする。


米(こんにゃく米ブレンド) 100g 1.5単位:120kcal
味噌汁(しじみ・即席)   1杯 0.5単位:40kcal
生たまご          1個 1単位:80kcal
梅干し           1個
【3単位:240kcal 8時30分】

外は雨降りだ。
ここ数日では気温も暖かいほうである。
病院にはクルマを停めておくことができないので、
9時45分ころにタクシー会社に電話して配車を依頼する。
5分後には到着。荷物を抱えて乗り込んだ。
運転手さんに「函館中央病院まで」と告げると、
往復割引のチケット(当日用)は入り用かと聞かれる。
「いやー、今日から入院なんですよ」と笑って返事をしたら、
それはまた失礼しましたと運転手さんも笑っていた。
そこからずっと運転手さんの入院話(胆石)を聴く。
道路は渋滞気味で病院まで1110円。
この病院は飲み屋街に隣接しているのだが、
深夜に酩酊してこのあたりからタクシーに乗って帰宅しても
1000円ちょっとだから、今日はすこしお高く感じた。

受け付けを済ませて10分ほど待ってから病棟へ。
ここ7年ほど、通院も入院も函館中央病院なので、
ほぼすべての病気情報(病歴・治療歴・入院歴)はデータ化されている。
担当の看護師さんに「2年ぶりですね」などと言われ、
病棟設備の説明も流し気味だった。
まあ、俺もわかってますよ的な顔をしていたのだが。
血圧を測ってもらうと175と出る。
すこし緊張気味なのだろうか。深呼吸をして150くらい。いつもより高い。
この病棟の体重計では100kg以上を正確に計測できないようで、
わざわざ1フロア上の病棟に移動して測定した。
体重105.9kg(病衣・パンツ・Tシャツふくむ)。

部屋はこの病院のなかでもっとも景色が良くない場所。
それでも希望通りに窓側だったのでよしとする。
4人部屋で、俺が入ることで部屋の平均年齢は下がっただろう。
荷物をほどいた後で、あらためて先客3人にかるくご挨拶。
「たぶんイビキがうるさいと思いますので、
 ひどいときは遠慮なく叩き起こしていただいて構いませんので」
お三方から「なんもなんもお互いさま」のお言葉をいただいて、
入院入室の儀式を終える。
このコミュニケーションをやっておかないと、
お互いにギスっとした関係になるので大切なこと。
実際のところ、
物音だけじゃなく隣りあうということ自体がストレスなわけで、
そこを緩和する(許し合う)ためには「ある種の関係性」が必要だ。
あとは窓側というポジションを生かして、
カーテンを7割方引いて同室者からの視線はカットしてしまう。
 以前は全開にさせられたものだが、
 年々カーテンの開閉度は緩和されているように感じる。
ときおり会話にちょっぴり加わって、
なんだこいつ感をうすめることも重要である。
とかやっているうちに昼食。


米             195g(半分残す) 2単位:160kcal
焼き魚           1切 1単位:80kcal
中華風豆腐サラダ      1皿 1単位:80kcal
※牛乳           180ml (1.5単位:120kcal/飲まずに保管)
【4単位:320kcal 12時30分】

柑橘類を除くフルーツの多くは、
食べると耳の奥とか目の周りとかが痒くなってしまうので、
食べるのをなるべく控えている(アレルギーかどうかは調べていない)。
そのため、病院食でもフルーツ分のカロリーを補うためなのか、
米飯がやたらに多い。糖尿病患者の食事には見えないくらいだ。

入院直後からさっそく検査が始まった。
まずは恒例のターゲス(※)ってことで、
今日は11時・14時・17時・19時半・21時に採血をする。
 ※血糖日内変動:食事前後の血糖値の上下を精密に調べる検査。
前回の入院まではナースステーションに出向いていたが、
今回は毎度部屋まで来てくれるようだ。
けっかんが細くて埋もれている俺にとっては、
採血の失敗リスクもあるし、痛がりだしで、つらい検査のひとつ。

15時ころ主治医の回診。
日々の散歩(外出)の許可と、
来週1日だけ仕事の都合で外泊することを伝える。
今回はめんどうな治療行為などはないので、あっさりしたもんだ。
とにかくまじめに食事療法に取り組んで、
5kgくらい痩せて退院したいところではある。

夕方までノートパソコンを開いて仕事をしたり、
寝ころがって惰眠をむさぼったり、
病院内にあるローソンで買い物をしたり。
以前は病衣(病院から借りるパジャマ:1日70円)に着替えること、
そのまま病院内を出歩くことに大きな抵抗を感じていたものだが、
今回はすんなり入院患者の装備でほっつき歩く。
俺も年齢を重ねて厚顔無恥になったということだろう。
17時の採血を待ち構えていたが、どうやら看護師さんが忘れていたようだ。
30分遅れで血を抜いてもらう。

院内にはATMもあるし、
ローソンではクレジットカードも使えるので、
それほど多くの現金を所持している必要はない。
現金を使うのはテレビカード(1枚1000円)くらいなものだ。
テレビは初めのころしか使ったことがないので正確には忘れてしまったが、
だらだら見ているとあっという間にカードの度数を使い切ってしまう。
これは冷蔵庫の使用料の支払い(24時間200度数:200円)もできるので、
もっぱらそれだけのために使っている。
同室の皆さんはテレビを点けたまま眠っていたりして、
カードをどんどん景気よく消費している。
これは実は病院の大きな収入じゃないのかとも思う。

夕食の直前に家人が荷物を持って来院。
これでようやく入院の体制は整った。仕事もできる。


米             195g(25%残す) 3単位:240kcal
あんかけ鶏ハンバーグ    1つ 4単位:320kcal
味噌汁(とろろ昆布)    1杯 0.5単位:40kcal
白菜からし和え       1皿 (野菜はカロリー計算せず)
【7.5単位:600kcal 17時50分】

ビール風ゼロカロリー飲料を飲みつつの晩餐とする。
鶏ハンバーグが見事なくらい脂質分がないのにもかかわらず、
ちゃんと美味しくできているのに驚いた。
ほどよく満足。

消灯までに採血を2回。どちらも手の甲に針を刺される。
ここは痛い。鼻毛10本分くらいの痛み。
21時消灯。今日は初日で疲れたので、素直にベッドに入る。
近隣お三方は深夜までテレビを観ていた。
1時ころトイレに起きて、あとは朝まで眠っていたようである。
 こんなぼくでも少女のように舞い上がることはあるのだ。
 函館市芸術ホールが主催する市民向け企画「ステージラボ」の演技ワークショップに、劇作家・演出家の鴻上尚史さんが講師で来函すると聞きつけて、いてもたってもいられなった。
 ぼくの仕事(おもにインタビュー取材)は、一方的にインタビュイーのお話を聴くだけでなく、インタビュワーであるぼくの意志を(すこし過剰気味に)伝えながら、一緒に話したい・聴きたい・書きたい「なにか」を探していくスタイル。取材現場でぼくが発する声や表情や反射(反応)は、インタビューを進めるために重要な要素だと思っている。ここに生かせるはずだ。ま、そんな言い訳を用意して、演劇人でもないのにワークショップに参加することにした。
 ワークショップでは心身の緊張をやわらげることからスタートし、おもに「発声」について教えていただいた。声(音)のメカニズムを学びながら、実際に発声をして体感していく。鴻上さんの「気持ちは瞬時に変化することもあるが、身体はワンクリックでは変わらない」という言葉は、なにかを「めざす」人たちすべての励みになる言葉だと思う。
 身体の重心を下げること、声のベクトルを意識すること、声の五つの要素を理解すること、など。鴻上さんの書籍で読んでいたはずだが、ご本人のレクチャーを受けることで身体になじませることができた。
 緊張したとき、焦っているとき、人は首(上半身)から動き出してしまう。声もうわずっている。そのままでは、行動も表現も上滑りだ。思いも狙いも届かない。とにかく、身体の重心を下げる。声を落ち着かせる。そのことが精神にフィードバックされて落ち着きを取り戻す。これはナルホドと思った。日常にも生かせることだ。
 5時間はあっという間だった。地域で活動する若い演劇人へ向けて、明快で丁寧な技術指導と深い情熱を秘めたメッセージ(けして暑苦しくない)を伝える姿に感動した。ぼく自身は本当に年甲斐もなく舞い上がってしまって、鴻上さんに16回くらい「うるさい」と言われて、そのたびに多幸感に包まれていたのが恥ずかしい。
 居酒屋での打ち上げでは持ち前の厚かましさを発揮して、サインをねだる・写真を撮る・厚かましい質問はぶつけるはで大興奮。同伴したかみさんにも良い想い出をプレゼントできたと勝手に思っている。
 今回の受講生はぼくを入れて23人。これはすっごくもったいないことだと思う。鴻上さんを困惑させるくらい人が集まっても良かったのに。かかわりのある演劇関係者にも声をかけたが、参加が叶わなかったことは残念なことだ。次の機会はいつになるかわからない。せめて、ぼくが聴きとめたことを、伝えられる機会があればな、と思う。下記に紹介した書籍を読んだ方がわかりやすいと思うけど。
 素晴らしい機会をつくってくれた函館市芸術ホールに感謝。そして多忙を極めるスケジュールの間隙を突いて函館にお越し頂いた鴻上尚史さんに大感謝です。

◆今回のワークショップに関連する鴻上尚史さんの書籍

    

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かみさんは中学生のときに、書店で鴻上さんの戯曲を手にして以来の熱心なファン。数年前、札幌公演のおりにロビーに立っていた鴻上さんに話しかけ、ぽろぽろと涙を流していたくらいに。

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かみさんが何度も何度も大切に読んできた『私家版 第三舞台』にもサインを。

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さらに、鴻上さんの処女戯曲『朝日のような夕陽をつれて』(初版二刷)にサインしていただく。
さらにさらに、『孤独と不安のレッスン』と『「空気」と「世間」』にもサインをいただこうと思っていたが、自宅に忘れてくる痛恨のミス。欲ばりすぎはよくないか。

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ぼくは大学生のとき、週刊誌連載のエッセイ「ドン・キホーテのピアス」で、文筆家としての鴻上さんに惚れた。
その後、かみさんと出会った影響で戯曲を読み、演劇にも興味が広がったのは幸せなこと。

※鴻上尚史さんご本人に写真掲載の許諾は受けています。酒席で。
2012年3月25日(日)
函館中央病院で迎える九日目の日曜日。

体重減らず。
停滞五日目。ほんとうにつまらない。

本日は二回目のターゲス。
朝から晩まで、7回の採血をおこなって、
血糖値の動きを精査する検査。

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朝食/モヤシでいいので、腹いっぱい食べたい。

散歩しようかと思うが、
外は吹雪模様なので病室でおとなしくしていることにする。
いつまで降るんだろうか。

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昼食/ハンバーグ万歳。

妻が来たので、1階のエントランスで茶のみ話。
すぐ近くで、妊婦と青年が深刻そうに話している。
妊婦は泣きながら、青年をなじっているような感じ。

妻の見立てでは、出産前の不安を青年にぶつけているのだろう、と。
それで、出産しちゃえば、けろっとするのよ。

そんなもんか。

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晩飯/タラのムニエル。家庭科でムニエルを習ったな。いちおうフランス料理なんだよな。


消灯を乗り越えて、23時過ぎまで取材写真の整理。
7年分の田んぼ風景がぎっしり。

疲れた。
2012年3月24日
函館中央病院で迎えた八日目。

朝起きたら、けっこうな降雪と積雪。
ブルドーザーが病院の駐車場を除雪している。

起きぬけに採血一発。

体重に変化なし。

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朝食/知内のニラをたっぷり食べたい。ステマじゃないよ。

主治医の回診。
血液検査の結果。ほとんどの数値は改善へ。
ただし、尿酸値だけ顕著な上昇。
食生活に影響を受けやすい数値なので、
主治医いわく「私の知識では、いまのところ原因はわかりません」と。
3年前の入院治療でも、同じような現象が見られたが。
いちおう金と時間をかけて入院しているので、食事にずるはしていない。
食事の他に影響をおよぼすのは、過度なストレスと激しい運動である。
自分の身体がよくわからない。

昼前に妻が来院。健康診断を受けたついで。

来月から、また別居になる。
結婚後初の同棲生活は1年弱で終わった。
住居の手配やら引っ越しのだんどりやら。

昼飯。撮影し忘れた。
横に妻がいて、浮き足立っていたのかも知れない。

ごはん、焼き魚、ほうれん草おひたし、れんこん、味噌汁、だったはず。

午後から一時帰宅。
外出届に記載する外出理由を「便秘解消」と書いておいたら、
看護師さんが笑っていた。

郵便物や宅配便の整理、仕事のだんどり、トイレ。

2時間ほどで病院に戻る。

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晩飯/主菜はモヤシと肉。しょっぱかった。でも、家から持ち込んだ「オールフリー」にぴったりだった。

明日の体重減を期待しつつ就寝。






【自分史草稿(八)】-----------

家から100mほどのところに小さな商店があった。
幼い私でも狭いと感じるような間口の店だ。
何度かお使いに行った記憶がある。
ある日、その店へ行く途中で子犬を見つけた。
そばに大人がいたので、きっと飼い犬だったのだと思う。
首輪やリードなどはしていない。
私は生来の臆病であったが、白い子犬をさわってみたくて近づいていった。
大人もいるし大丈夫だろうと。
ところがである。子犬は私に向かって猛然と吠えだし、
驚いて後ずさる私に飛びかかってきた。
さらに、走って逃げ出す私を、それはまるで獲物を見つけた猟犬、
いやライオンやチーターのように追いかけてきたのだ。
その様子を見ながら、大人は「逃げるからだぞー」と笑っていた。
私はその小さな店に逃げ込み、しばらく帰宅することができなかった。
ずっと「大人なんだから助けてくれたらいいのに」と恨み言をつぶやいてい。
私はもっと臆病で引っ込みがちな性格になっていった。

家から400mほど、赤川通りとの交差点には、もうすこし大きめの商店があった。
たしか名前は「赤川ストア」だったか。
いまは、その向かい側にセブンイレブンがある。
赤川の自宅前の通りは「むつみ通り」という名前がついているらしい。

道幅はさほど変わっていない気がするが、赤川通りはまだ舗装されていなかった。
通りを500mほど歩くと中規模スーパーの「つしま」があった。
家からは1kmくらいになるのか。
日常食料品の買い出しはここだったと思う。
いわゆる「お出かけ」や「お買い物」は大門へ行くわけだ。

「つしま」の2階には、いっときレストランが開業していた。
幼い私はいつもその店が気になっていた。
たしか冬の日だ。そのレストランで食事をしようと出かけたことがある。
喜び勇んで扉に手をかけると、本日休業だった。
そのときの残念な気持ちを、いまでもきっちり思い出すことができる。
子どものころから根に持つタイプだったようだ。

病気になると小松病院に連れていかれた。
この病院はいまも現存している。現在、「学園通り」と呼ばれる通りにあり、
「コープさっぽろ」の向かい側だ。
ここにはかつて運転免許試験場があった。
2012年3月23日
七日目の函館中央病院。

いつものごとし。体重に変化なし。
つまらん。

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朝食/愛想のない目玉焼き。

午前中、新はこだて農協の田山さんが病室に顔を出す。
今日は年一回の人間ドックだったそうで。
春からの農業体験番組の話、
仙台で開催した「みなみ北海道グルメパーク」の話など。

新年度に動く事業なども、いろいろ耳にする。
北斗市では新幹線開業に向けて、
北斗市らしい(それはつまり大野町・上磯町らしい)事業を、
官民でいろいろ考え動かしていくようだ。
ぼくは新幹線について、いまのところなんの定見も持っていないが、
このように、ひとが集まって考えて行動しだすのは、
とても良いことだと思っている。
きっと、なにか手伝えることもあるだろう。

大雪と農産物の話も。
まぁ、やはりこれだけ降れば、影響はあるようだ。
野菜で言えば、露地もハウスも需給タイミングのずれが価格に影響しそうだ。
お米に関しては、おそらくすこし遅れるくらいで、品質にはあまり影響しない。

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昼飯/麺類はつるつる食べてしまうので、「ゆっくり食べて満腹になったような気がするじゃないか、いやはや驚き」作戦が使いにくい。

リハビリ室で軽いストレッチのあとで、エアロバイクを40分。
今日はすこし負荷を増やしての運動。
心拍を把握しながらの運動は、あまり疲れないけど筋肉に効いている感じがする。
本当におもしろい。

病室に戻って、さて仕事するか、とサムネを切り出したら、
お見舞いにもうひとかた。
以前、「ハコダテ150」というサイトでご一緒させていただいた青年だ。
お互いに古い物自慢の話をする。
楽しく仕事をしてください。それがいちばんです。

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晩飯/今日はあまりおいしくない。滋養には良いのだろうけど。


ツイッターとフェイスブックを、すこしだけ復帰させてみた。
ただ、あまり積極的にそれらのツールを稼働させるのには、まだちょっと躊躇がある。
知らない人から、いろいろ言われるのは、本当に胃が痛くなる。

知人なら、
「あー、こいつはこんな人間だからな、これくらいの戯言はいつものこと」
となるところを、ちくちくと(メディアの人間としていかがなものか的に)言われると、
いつから俺はそんな立派で影響力の大きな人間に認定されたんだよと思う。
それやこれやと、IFNの影響による精神不調で、
しばらくツイッターもフェイスブックもブログも触りたくなくなっていたのだ。







【自分史草稿(七)】-----------

家の前は舗装道ではなくて、先のとがった石が敷き詰められていた。
採石されて砕かれた石だったのだろうか。

ある日、すっころんだときに、その砂利道に手をついたら、
手のひらの皮がべろりとむけたしまったことがある。
サビオ(絆創膏のこと)を貼られて、たぶん1週間くらいで治ったのだが、
皮膚が再生した手のひらを見てみると、手相が激変していた。
カーブを描いていた手のひらのしわが、3本に分断されて並列していた。

手相占いってのがあるが、すっころんだくらいで変化する手相を見て、
未来のなにがわかるというのだろうか。
この事象からわかるのは、転んで顔に傷をつけるほど
鈍い子どもではなかったということくらいである。
将来、酔っぱらって転んで、まぶたの上を切ったのはまた別の件だろう。
3月15日(火)

C型慢性肝炎(インターフェロン治療)による入院9日目。

体重測定93.6kg。
減り幅が少なくなってきた。
やはり、だいたい予想通りの推移である。

採血。
昨日の採血結果(とくに白血球値)がよくなかったので、
インターフェロンを投与する前に再検査。
投与後の副作用(高熱)も予想されるし、今日は病室に引きこもりだ。

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◆07時55分/朝食:ご飯(180g)、味噌汁(豆腐)、サバの生姜煮、おくらのおかか和え、牛乳(180ml)。602kcal、タンパク質22.0g、塩分4.1g。

おくら好きなので嬉しい。
慣れたんだろうか。塩辛さも減ってきたように感じる。
あー、アークスで売っている「おくら漬け物」が食べたい。


病棟中央にあるディルームは人が多くて、
パソコンや資料を広げてテーブルを占領するのは気が引ける。
ということで、必然的に病室で仕事をすることになるのだが、
看護師長の目も怖い。ただ、1週間がたって、勘所がわかってくる。
(バレてはいるだろうが)さっと隠すこと、遠慮げに使うこと。ここだな。

パソコンと電源と携帯電話とネット回線があれば、
まわせる仕事は多いものだと、あらためて実感する。
入院中もそれほど滞ることなく仕事を進めているし、納品もしていたりする。
ついでに、新規の依頼を受けたりもして。

入院に際して、いくつかの原稿は締め切り前に入稿していたし、
 (これはぼくにとっては奇跡のようなことだが、誰も褒めてくれなかった)
執筆前の原稿でも、取材や資料集めを終えて、あとは書くだけにしておいた。
さらに、取引先の理解で配慮や猶予をもらったり、
仕事仲間のサポート(来院してもらって打ち合わせするとか)も受けている。
とは言え、ぼくの仕事は基本的には誰かに引き継げるものではない。
取材や原稿執筆などは、やはり替えはきかないのだ。


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◆12時30分/昼食:わかめご飯(180g)、鶏肉のおろしポン酢、かぼちゃの甘煮、おひたし(ホウレン草)、オレンジ。646kcal、タンパク質25.6g、塩分3.6g。


主治医の回診。
今朝の採血結果では、白血球の数値が改善したとのこと。
とは言え、基準値よりは低い。(たしか、3.6とか言っていた。)
それでも、初回と同じ量のインターフェロンを投与することに。
今回は右腕にしてもらった。
せっかく始まった治療である。いきなり中止にはしたくない。


夕刻、面会謝絶なのに、仕事仲間の敦賀さんが病室に。
不思議に思って聞いてみたら、どうやら同じ姓の患者が同じ病棟にいたらしい。
で、その人の病室を案内されたのだが、当然ながら別人。
困って廊下をきょろきょろしたら、たまたま俺の名前を発見した、と。
偶然とはいえ、おもしろいもんだ。


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◆18時03分/夕食:ご飯(180g)、焼き魚(鮭)、味噌汁、炊き合わせ(フキ・ガンモ)、春菊の胡麻和え、冷や奴、キウイ。587kcal、タンパク質26.6g、塩分4.2g。


注射後、何度も何度も体温を測るが、36度平均で熱が上がる気配はなし。
そっち系の副作用は、初回だけで抑えることができたようだ。
そのかわり、手の痒みがぶり返してきた。
C型慢性肝炎(インターフェロン治療)による入院8日目。

3月14日(月)

6時半、起き抜けに採血。
痛くない。幸せ。インターフェロンの影響を検査する。

体重93.8kg。
体温35.1度。
血圧116の68。

いまさら気が付いたが、ここの体重計は200gきざみだ。
糖尿病などの治療で、体重管理を指導されている人は、
まず最初におこなうことのひとつとして、
100g単位で計測できる体重計を用意することを強くすすめる。
わずか100gなんて、誤差の範囲とも思えるが、
なるべくゴマカシ無く自分の体重を把握することは、
食事療法による減量には重要なことである。
100gの一喜一憂を励みに変えて、ダイエットを継続させる原動力にするのだ。
自分の身体を数字で把握するのは、大げさに言うと生きている理屈がわかって
それはそれで気持ちの良いものだと思う。
太るのにも痩せるのにも、ちゃんと原因・理由があるのだ。

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◆08時01分/朝食:ご飯(180g)、納豆・ねぎ、味噌汁、煮物(キャベツとツナ)、牛乳(180ml)。675kcal、タンパク質23.2g、塩分3.1g。

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◆12時29分/昼食:ご飯(180g)、蒸しタラのあんかけ、いんげんと豚肉、りんご。595kcal、タンパク質22.9g、塩分4.1g。


主治医の回診。今朝の血液検査を知らされる。

前回(3月12日)からの推移。異常値を抜粋。
 ◆白血球数   3.8→2.6(正常値4.0〜9.0)
 ◆GOT(AST) 57→81(正常値8〜38)
 ◆GPT(ALT) 86→106(正常値4〜44)
 ◆γ-GTP    117→113(正常値0〜70)
 ◆LDH     228→224(106〜211)
 ◆尿酸値    8.7→8.2(2.5〜7.0)

白血球の下がりが大きい。あまりよろしくない副作用。
このままの傾向が進めば、インターフェロンの投与量を減らさなくてはいけない。
肝臓の数値(GOT・GPT)が悪化しているのが気にかかる。
「治療を始めたばかりですから、反対の反応が出る場合もありますので」
とりあえず、投与からまだ1週間。
様子見だ。そのための入院でもある。


気晴らしに外出。

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◆五稜郭にて。冬と春がせめぎ合っている。

裏手の方は、まだ水面全体が氷で覆われていた。


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◆18時00分/夕食:ご飯(180g)、煮物(鶏肉など)、味噌汁(お麩)、煮物(キャベツとツナ)、春雨サラダ、和え物、パイナップル。536kcal、タンパク質23.6g、塩分3.8g。

またタケノコが入っていたので、
きれいに残す。食べられないのだから、仕方がないじゃないか。
3月13日(日)

C型慢性肝炎(インターフェロン治療)による入院7日目。

体重94.0kg。
体温35.6度。
血圧143の87。

日曜日なので、病棟はのんびり。
しかし、震災報道は日ごとに辛い状況を伝えている。
手の痒みあり。筋肉痛は漸減。

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◆朝は来る。

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◆08時03分/朝食:ご飯(180g)、卵とじ(ニラ)、和えもの(白菜)、味噌汁、のり。463kcal、タンパク質13.9g、塩分3.5g。

ツイッターでは、復興支援に関するつぶやきが増えてきた。
いますぐ現地へ行きたい、という人と、
いまはまだ時期尚早とアドバイスする人たち。
誰かが(国家でさえも)絶対的に正しい指針を出してくれるわけではない。
なにが正しいのか、わたしたちは自分で冷静に判断する必要がある。

たとえば、原発事故に対して、どんな判断をするべきか。
なにが起こっているかはわからない。
そして、事故に対して、ぼく個人がなにをできるわけでもない。
それでも、これは本を読む人種にならわかることであるが、
後日、事件や事故を検証することで、ようやくあらわれてくる事実がある。
かならず、ある。そういうものだ。
プラスとマイナス、表と裏、良い面と悪い面。それぞれにある。

もし、ぼくの妻や家族が、事故を起こした原発の近くにいたら、
避難区域から外れていたとしても、
やっぱりぼくは、事情が許す限り離れなさい、と伝えるだろう。
それが、心情だと思う。パニックではない。過剰な反応でもない。
しごく当然の気持ちじゃないだろうか。
  そんな必要がない、と断言できる判断材料も手段もないし、
  誰もなにも保証はしてくれないのだ。
たとえば、避難指示や避難勧告の圏域から外れているのだから、
避難の必要性はない、という考え方もある。
ぼくも、それでことがすめば、いちばん良いと思っている。
しかし、国や自治体は一度たりとも
圏域外の人たちに「避難してはいけない」とは言っていないのである。
みずから危険を感じ、必要を認めたら、避難しても良いのだ。
  自分が被災当時者であると仮定すると、また別の思考となる。
  そもそも、避難する手段を失っているかも知れないし、
  一片の情報さえ入らず、寒さと飢えにうろたえている可能性もあるし、
  その場にいることで役に立とうと決心することもあるだろうし、
  地元への愛着が避難を選択させないとも想像できる。

避難の必要はないという判断、それもまた尊重すべきだと思っている。
判断の基準も結論も、人それぞれであるのは、もっともなことだから。
言い争ってまで、そうではない、と伝えようとするのは不毛である。
後日、その人の判断が正しかったということもあるだろうし、
(それはむしろ、歓迎すべきことである)
そうではなかったと言って、ぼくが責任を取らされることもないだろう。

ただ、すこし怖いなと感じたのは、
このような不安を吐露したり、当然の心配を指摘することさえ、
「冷静になれ」「不安を煽るな」という言葉で押しつぶされそうになることだ。
そのような言説を声高に唱えてしまう人にこそ、
冷静になってほしいと思うのである。言わないけれども。

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◆12時31分/昼食:パン(2枚)、牛乳(180ml)、いちごジャム、鶏肉の香草焼き、おひたし(もやし)、チーズ、バナナ。622kcal、タンパク質25.8g、塩分2.3g。

昼食後は外出。
出がけにツイッターでおこなった発言に対して、
訂正を求める意見が来る。
それは誤解だ、と伝えるものの、意図は伝わらず。
根本から解決すべき問題と判断して、あわてて病院へ逆戻り。
あとは、3月13日に掲載した
ブログ記事「震災支援を目的とした献血と肝炎検査」の通り。

ぼくはあんまりプライドがないので、訂正するのも謝罪するのも平気だ。
ま、その結論を導くまでの間は、大いに胃が痛いわけだが。
主義や主張を言いつのるよりも、歩み寄って方向修正することで、
より正しくわかりやすい情報を発進できるのであれば、
そのほうが現実的なメリットがあると考えている。
ぼくの職業上の責任は、そこにあるとも感じている。
もちろん、自分の主張にも愛着はあるが、
ぼくがぜんぶ正しいという自信や過信なぞ1ミリも持っていないし。
いつでもわずかな間違いもしない、そんなに優れた人間ではない。

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◆18時15分/夕食:ご飯(180g)、味噌汁、鮭バター焼き、和えもの(三つ葉)、煮物。593kcal、タンパク質25.7g、塩分3.9g。

いろんなことを考えつつ就寝。
日記をつける気力がみなぎらず。ストレスは病気に悪いし。
C型慢性肝炎(インターフェロン治療)による入院6日目。

震災の報道は止まず。
寝不足か、副作用か、頭痛がする。

体重94.4kg。
血圧128の72。
体温35.5度。

起床して、病室の窓から見える津軽海峡を見渡すと、
大津波警報を受けた入港制限で沖止めしている船が並んでいる。
昨夕から、函館にも押し寄せている津波の状況が、
少しずつ報道されてきた。けっこうな高さの波が、海岸部をさらったようだ。

7時に開店する1階のローソンで新聞を購入。
全紙とも震災を知らせる黒ベタ白抜きの大見出し。
道新は表1・表4のぶちぬき紙面だった。

  けっきょく、震災直後から14日(月曜日)まで、
  震災報道に気を取られて、枕元の備忘録に入院記録をほとんど書き留めず。
  震災のことも書き留めず。これはツイッターでつぶやき続けていたため。
  つぶやきのログって残っているんかな。
  なるべく、冷静・寛容にって発言をしていたけど、
  さすがに原発事故に関しては、あまり冷静でいられなかった。
  被害(影響)の多寡については、ある・なしで両論両極それぞれあるが、
  ありえないはずの事故が起こってしまったことは、
  国民みんなが当事者として受け止めるべきことだと思う。

インターフェロンの投与から5日たって、
熱は早々に下がり、筋肉痛も落ち着いてきた。
ただ、ひとつ。
手の甲側に発疹がめだってきた。
最初は手がかゆいなー、くらいの認識だったが、
この日から肌の赤みが確認できるようになった。

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◆08時12分/朝食:ご飯(180g)、魚(さば缶)、小松菜のだし和え、のり、牛乳(180ml)。561kcal、タンパク質20.4g、塩分3.2g。

仕事関連のメールをいくつか。
ホクレンとJAには、ふっくりんこ蔵部としての災害対応の検討を打診。
青函フェリーの欠航情報については、昨夜から公式ページの更新と、
ツイッターの個人アカウントをつかった準公式情報の提供をしていた。
フェリーターミナルと連絡をとると、
函館港への入港制限が一時的に解かれるという。
(青森港は先行して、その処置がおこなわれていた。)
午後からの外出では、その様子を見に行くことにする。

主治医の回診。
昨日の朝に採血した検査結果について。
目立ったのは白血球数の低下。薬の副作用のひとつ。
いつも正常の尿酸値が悪化している。
いまのところは治療継続には問題なしとのこと。

異常値だけを書き出しておく。
 ◆白血球数   3.8(正常値4.0〜9.0)
 ◆GOT(AST) 57(正常値8〜38)
 ◆GPT(ALT) 86(正常値4〜44)
 ◆γ-GTP    117(正常値0〜70)
 ◆LDH     228(106〜211)
 ◆尿酸値    8.7(2.5〜7.0)

ちなみに、入院直前の数値は下記の通り。
 ◆白血球数   5.1(2010年4月21日)
 ◆GOT(AST) 34→34→33→48→46→44→58→47→45(※)
 ◆GPT(ALT) 56→48→48→96→78→75→74→67→66(※)
 ◆γ-GTP    109→85→132→191→171→130→176→233→128(※)
 ◆LDH     192→207→216→243→233→214→272→265→253(※)
 ◆尿酸値    6.0→5.8→6.5→6.4→6.9→7.4→7.2→6.3→6.5(※)

(※)2010年4月21日〜2011年2月16日の推移

関連数値については、入院前からの推移もあったほうが比較できるので、
それらは別項にあらためて書くことにする。
数値の意味するところの解説についても。


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◆12時34分/昼食:山菜ご飯(180g)、焼き魚(赤魚)、大根おろし、おひたし(おくら)、オレンジ。492kcal、タンパク質20.6g、塩分6.2g。

変化球「山菜ごはん」が嬉しい。
ふだんはまったく食べないフルーツを摂取。
オレンジはノドが痒くならないので。甘くてうまいな。
醤油の小袋が二つも。減塩でいいのに。

13時15分、外出許可をもらって浅野町の北浜ふ頭へ。
ターミナルの3階にある北日本海運の事務所から港の様子を見る。
いま、ちょうど海上保安庁の許可が下りて、入港するところだという。

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◆13時20分、青函フェリーターミナル(函館市浅野町・北ふ頭)。

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◆13時27分、タグボートに付き添われて入港する青函フェリー「あさかぜ21」。
 ふだんは単独で着岸するのだが、今回は大津波警報・入港制限中なので。

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◆13時45分、沖止め(函館港外での待機)から約23時間ぶりに下船する乗客。
 乗船客には船内の非常食が提供され、お弁当なども届けられた。

この「あさかぜ21」をつくった宮城県石巻市の造船会社「ヤマニシ」は、
津波で大きな被害を受けたようだ。
進水式の撮影で訪れたことがあるのだが、
当然ながら海岸っぷちにあって、平坦な土地だった記憶がある。

14時ちょうど。
すべての乗客を下船させた船は、ふたたび港外に出ていった。
それを見届けて、青函フェリーのサイトを更新。
北日本海運の事務所は、ネット回線(KDDI)が不通で、
対応に苦慮していたようだ。

昨年、この「あさかぜ21」をつくって青函フェリーを退職した父親も、
気になるのか会社に来ていた。
なぜ、北ふ頭はなぜ冠水しないのか、と聞くと
 「西ふ頭や豊川ふ頭は、もともと岸壁が低いので、
  中央ふ頭や北ふ頭に比べると、津波の影響を受けやすい」とのこと。
なるほどね。
海が近いことで、港町の風情を感じられるエリアではあるが、
その一方で海(波)からの影響も直撃する場所でもあるわけだ。
今回、意外なほど大きな被害を受けた金森倉庫などが並ぶエリアは、
いまの函館観光には欠かすことができない。
安全だが無粋な護岸をつくるわけにも行かず、
また、倉庫を内陸に移すわけにもいかないだろう。
津波は来るもの、と認識して、ことがおこったときに万全の対応がとれるよう
物心両面の準備だけは怠れないと思う。

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◆滞ってしまった荷物を積み替えるトラック。

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◆フェリー乗り場に待機していたトラックは、この時点では30台ほど。
 想像していたよりも多くなかった。
 おそらく、乗船・配送をあきらめた業者も多くいたのだろう。

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◆フェリー乗り場の近くにあるガソリンスタンドで給油。制限が出ていた。

まだ時間があったので、亀田港町に一時帰宅。
玄関に回覧板がぶらさがっていた。
日付を見ると、入院したその日にまわってきたらしい。
ずっと留守であると主張し続けてしまった。
せっかく新聞配達をとめてたのに。
町会ってのは、わずらわしさも感じるものの
災害や事件・事故の際に重要になってくる地域のつながりを維持するには
たいへん役立つ機能だと感じている。
ただ、情報伝達の手段というよりは、
ご近所との交流をうながす媒体としての回覧板も、
ただただ顔も見せず声もかけずに回していくだけでは、
それは無駄だと感じてしまう。
地震直後にどのような動きがあったかはわからないので、
回覧板の扱いだけを見て考えたことではあるが。

風呂に入って、緒川ラッシー(亀)にごはんをあげる。
線路(JR津軽海峡線)のすぐ側で、いつもがたがた揺れている
狭いアパートではあるが、やっぱ落ち着くもんだ。

病院へ戻る。

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◆18時12分/夕食:ご飯(180g)、トンカツ、蒸しキャベツ、大根おろし、いんげん煮、すまし汁(お麩)、りんご。733kcal、タンパク質20.1g、塩分3.1g。

21時過ぎ、函館沿岸の津波警報は注意報に変わる。
21時20分、青函フェリーから電話。運航再開の報せ。
消灯時間は過ぎていたが、こっそりサイトを更新。
この日はこれで就寝。
C型慢性肝炎(インターフェロン治療)による入院5日目。

とにかく、この日も良い天気だった。
体重94.8kg。
血圧124の75。
体温35.9度。

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◆08時04分/朝食:ご飯(180g)、目玉焼き、うめびしお、おひたし(もやし)、味噌汁(キャベツ)。596kcal、タンパク質17.3g、塩分2.7g。

◆病室からの景色。

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◆12時29分/昼食:ご飯(180g)、青椒肉絲(牛肉とピーマンの千切り炒め)、ひじき煮、キウイ。639kcal、タンパク質20.3g、塩分3.8g。

きれいにタケノコは残す。
小学校1年生の給食以来、食べられないのだ。


主治医の回診。
9日の日記で「肝臓が丸みを帯びているから脂肪肝」というセリフは、
ぼくの聞き間違いだという指摘を受けた。(当該箇所はあとで訂正しておく。)
要因はどうあれ、肝炎の症状があると肝臓が丸みを帯びるそうだ。
つまり、画像から「脂肪肝」であることは判断できない。
先生は「尾状葉(びじょうよう)」の形状が変わると言っていた。
ぼくの場合は、
 ウィルスの検査でC型肝炎であることがわかり、
 血液の検査などで脂肪肝であることがわかり、
 食生活の調査と血液検査の結果からアルコール性肝炎の影響がわかり、
かつ、年齢が若い(肝臓の回復力が期待できる)ので、
インターフェロン治療をすすめたという経緯。

C型肝炎に対する食事療法について質問。
関連本を読むと、鉄分の過剰摂取に注意する、という説明があるが、
入院中の食事には「鉄分がたっぷり」というチーズが出たり、
鉄分含有量が多い海藻(ひじき)がメニューに出てきたため。
 「高山さんの場合は、そういうレベルではなくて、
  食べ過ぎや飲み過ぎを控えて、体重を減らして肝臓の脂肪を減らすこと。
  それが、なによりの(脂肪肝を要因とする肝炎の)治療になります。」
一般的な食事量なら、問題がないということ。


13時過ぎ、外出。
電車通りを函館山方面へ向かって歩いていく。

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◆13時27分、堀川小路のベンチ。

ハローワークのところから大門・市役所まで続く広小路を歩く。
日陰になる歩道は、やはりまだ雪が残る。

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◆13時49分、駅前の大門商店街。

1年半に1回の頻度でウォーキングシューズを購入している
靴店に顔を出す。そろそろ、買い換え時なので。
(一昨年の入院時にも、ちょうど靴を購入している。)
ところが、足を見てもらっていたシューフィッターさんは退職されたそうで。
がっかり。さいわい、お気に入りの靴(月星のワールドマーチ)は、
定番品として同じ商品を取り寄せることができるので、
いずれかの方法で購入することにする。
それにしても、残念だ。退職されて1年くらいたつという。

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◆14時09分、海岸町の開かずの踏切。

海岸町の事務所で郵便物の整理。
病院へ戻る時間は16時だ。
いくつか仕事の資料をコピーしながら、
そろそろ病室へ帰ろうかと考えていた矢先に、
ぐらぐらとゆれだした。14時46分。
となりの女子社員が、すばやくストーブを消す。
長いゆれだ。
岸壁から200メートルほどの立地である。
良い気分がしない。
まだゆれているのを感じつつ、仕事部屋にある小型のテレビをつけると、
大津波警報を報じている。
こりゃ、やばいなと感じて、
ひとまず隣の社員と一緒に建物から出る。
14時49分、あたりを見まわすと、近くに駐車してあったクルマが、
勢いよく前後に入れていた。
とっさに、抱えていた一眼レフカメラをビデオモードにして撮影。
詳細を確認していないが、
やはり津波が気になるので、隣の社員にここから離れることを提案する。
ついでに、クルマに乗せてもらって、病院の近くまで送ってもらった。

丸井今井函館店のあたりから、電車通りを病院まで歩く。
幾人ものひとが、建物を見上げながら不安げな顔をしている。
たちか屋の前を通ると、以前お世話になった店長も
お店の前に出てきていた。
 「ゆれるたびに、出たり入ったりですわ」と。

病院内も騒然としている。
エレベーターの使用を控えてほしい、という館内放送がかかる。
病棟に戻ったら、出歩けなくなるだろうな、と思いつつ
心配をかけるのもよくないと考えて、6階の病棟に戻る。
看護師さんたちは冷静であるが、
患者はみんなテレビに釘付けである。

おれ、病室に寝転がっていていいんだろうか、と思いつつ
散歩で汗ばんだ身体も気になって
看護師さんに「お風呂に入っていいですか?」と聞いたら、
余震が続いているので今日は遠慮して欲しい、と断られた。
そりゃそうだ。

WEB管理の仕事をしている青函フェリーに電話。
大津波警報による函館港への入港制限で、沖どめ欠航中とのこと。
函館市内でも津波を警戒する報道が目立ち始める。
現場が気になって、ふたたび外出許可を求めるが、
それは危険ということで許されなかった。
いま思えば、外出できても役に立たなかっただろうし、
ありがたい判断をしてもらえた。


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◆18時18分/夕食:ご飯(180g)、焼き魚(さば・大根おろし)、ゆで野菜(白菜)、味噌汁(たまねぎ)、豆腐あんかけ、マカロニサラダ、パイナップル。534kcal、タンパク質27.0g、塩分4.1g。

よくよく見たら、奥尻島も大津波警報の地域になっていたので、
ようやく妻に電話をしてみるが、ぜんぜんつながらず。
消灯時間を過ぎるが、看護師さんにお願いしてディルームにて待機。
22時過ぎ、ようやくつながった。
ゆれたの気がつかなかったよ。と呑気な声がした。

けっきょく、夜もなかなか眠ることができず、
ツイッターに流れてくる情報から目を離すことができなかった。

プロフィール

高山潤
函館市および道南圏(渡島・檜山)を拠点に活動するフリーランスのライター、編集者、版元、TVディレクター、奥尻島旅人。元C型肝炎患者(抗ウィルス治療でウィルス再燃、インターフェロン・リバビリン併用療法でウィルス消滅で寛解)、2型糖尿病患者(慢性高血糖症・DM・2009年6月より療養中)。酒豪。函館市(亀田地区)出身、第一次オイルショックの年に生まれる。父母はいわゆる団塊世代。取材活動のテーマは、民衆史(色川史学)を軸にした人・街・暮らしのルポルタージュ、地域の文化や歴史の再発見、身近な話題や出来事への驚きと感動。詳しくはWEBサイト「ものかき工房」にて。NCV「函館酒場寄港」案内人、NCV「函館図鑑」調査員(企画・構成・取材・出演・ナレーション)。


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